何者にもなれない。「すごいね」の言葉は私を救ってくれなかった。

chikaです。

私は看護師として働いて7年、辞めて旅をしながら生きて3年が経とうとしてます。

もうすぐ30歳。

これからの人生どうやって生きていくか、とことん自分の気持ちと向き合ってみました。

 

芸能人になりたかったわけでも、影響力が欲しかったわけでもない。

何者かになれるとおもっていたけど、私は何にもなれなかった。

旅をして見つめ返したら、残ったのはただ誰かに認めてもらいって気持ちだけだった。

 

この記事は過去の自分や家族に向けての手紙で、これからの自分へ期待を込めて決意表明となります!

最後まで読んでもらえたら嬉しいです。

やりたいことは一周まわって「人の役に立つこと」だった

20歳から正看護師として働いて、看護の世界しか知らなかったわたし。

狭い世界で生きていくことに窮屈になり、世界へ飛び出した。

「私が今やりたいことは看護じゃない。世界を見てくるんだ。きっと自分は何者かになれる。」

そう思って海外で生活したり、仕事したり、旅をしたり…。

自分が思い描いている未来の自分をずっと追いかけてきました。

 

何か行動すれば

「すごいね!」

「どこからその行動力来るの?」

こんな風に言われた。

最初のころは嬉しくて照れていたけど、広い世界を見れば見るほど自分のちっぽけさに自信を失くした。

 

自分はすごくなんかない。そう言われてもすごい実感なんて何もない。

夫と二人でヒッチハイク野宿で日本一周をしてたとき、この旅を完結できたら少しは自分に自信が持てるだろうと思っていたけど、待っていたのは何も変わらない自分だった。

もちろん海外生活も旅もすごく楽しかった。自分の人生が尊いものと教えてくれた旅はわたしの人生の必要不可欠なものだった。

だけど言ってもらえる「すごいね!」の言葉は私を救ってくれなかった。

何度も自分に問いかけて見つかった答えは

人の役に立ちたい。

そして誰かに認められたい。

 

その気持ちに気づくために子どもの頃の記憶をたどる。

親に認めてもらったこと…ないかも?

私は両親と兄、そして犬のいる家庭で育った。

父親は亭主関白で母は専業主婦、兄はとても優しくて、私はわがままな妹だった。

小さいころから運動が好きで少年団に入って活発に動いていた。

親も応援してくれていて、そんなにカラダが強くなかった母も練習の送り迎えは必ずしてくれた。

 

こう見ればいい家庭に育ったと思うが、両親に対して「おかしくない?」と思うことも多かった。

うちの家庭は父親が絶対だった。

いくら理不尽でも子どもが謝らなければいけなかった。

「理不尽だ!」と言っても、母親は謝るように説得してきた。

 

やりたいことがあっても反対されること必須。

高校の進学で遠方の看護科がある高校を選んだときには猛反対されてケンカの毎日だった。

わたしが海外に行こうとすれば訳のわからない理由をつけて反対してくる。

20代後半になってまで親にやりたいことを反対されるなんて、マジ笑える。

 

その理由が「心配だから」だとしても、私は背中を押されたことなんてない。

無理やり押し切って、逃げるように生活してきた。

私の行動を、私自身を肯定してもらったことなんて一度もない。

 

私は認めてもらいたくて、今までもがいて生きてきた。

何者かになればみんな私を認めてくれるだろうと思ってきたけど、いくら行動しても何にもなれなかったし、心の底にある欲求は満たされなかった。

 

私の根底にある欲求、認められたい。

これを満たすには人の役に立つことが一番しっくりくる。

だから看護師の仕事が好きなのかもしれない。

人から見える自分より、自分から見える自分

人間の感情というものはひとつではない。

考え方もしかり。

私という人間もいま色んな気持ちを持っている。

 

行き着いた先の「誰かに認められたい」を自分に問いかけてみると意外な答えが帰ってきたのです。

「私はわたしを認めてないかもしれない」

 

あぁ、そうか。

きっと、まわりに認めてもらいたい気持ちと同じくらい、自分が自分を認めてあげたかったんだ。

そのままでいいよ、ムリしないでいいよ、じゅうぶん素敵だよ

 

そんな風に声をかけたことが、今まであっただろうか。

 

周りからどんな風に自分が見えているのか、そればっかり気にしていて他人軸で生きていた30年間。

気がつくのにずいぶん時間がかかったものだ。

いま初めて自分は自分をどう思っているのか向き合うことになった。

 

きっと、まわりに認めてもらっても、いくら「すごいね」と言われても、

自分がそれをブロックしていたから

周りのすごいねは私を救ってくれなかったんだ。

 

クサイ言葉だけど、結局最後に自分を救えるのは自分だって。

そう気づけた。

 

自分を救うために、人の役に立とう。

看護師になるために看護学校にいくと決めた中学生の自分は

本能的に人の役に立つ仕事だと悟ったのかもしれない。

 

15年前の自分が悟った理由を

15年後の今ようやく気づけた。

 

人の役に立つことで、自分を正当化したいのかもしれないし、

自己満かもしれないけど、

それが給料というお金のためでもあるけど、

看護師という業務に自分の感情を込めれば、それは患者やその家族のためになるに違いない。

 

逆を言えば感情を乗せなければ、ただの業務で終わり、患者の心に触れることはないだろう。

 

看護師という仕事を通じて、人の役に立って、自分を救わせてもらえたら…

そんな風に思っている。

 

とは言いつつも、看護師を一旦辞めるときにやりきった感が強かったから、

自分の人生を豊かなものにするために、旅はまだ続く…。

 

2 COMMENTS

アミールケイスケ

このブログのこの記事読めて本当に良かったです。
うちも家族が似てて父親が絶対だったのですごく共感できます!
そして今自分も世界を旅してるんですが、どこか満たされないのは多分
だれかから認められたい欲求があるからだとこのブログ読んでわかりました!
多分これからも迷う事だらけだけど
そんな時はこのブログ読んで元気いただきます。
カサイさんのブログ更新すごく楽しみです!

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カサイチカ

こんなにも嬉しいコメントを書いてくださり本当にありがとうございます。
嬉しすぎて涙出てきました。笑
きっと認められたい気持ちは誰しもがあると思うんですけど、育った環境が少なからず影響してると思うんです。
でも、それを変えることはできないし、自分でインナーチャイルドを認めてあげるしかない。
何度も何度も自分と話し合うしかないと思ってます。
私もまだまだ悩みは尽きないですが、ツライ時はいただいたコメントを読み返して踏ん張っていきたいです。
本当にありがとうございます。
お互い頑張りましょう!

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