\\看護師派遣のバイトに行ってみた体験談…!//

自己紹介

 

はろー!

はじめまして、カサイチカ@chi___zです。

 

もともと看護師として働いていたんですが、看護師の世界しか知らない自分にビックリして勤めていた病院をやめました。

友達も知り合いもみんな医療関係者…。

わたし自身も高校から看護の勉強をして20歳には正看護師になっていたんで、世の中の当たり前がまっったくわからなくてすごくちっぽけに感じました。

 

それまで看護師である自分が好きで、誇りだったのに、一気に崩れ落ちたんですね。

このまま大人になったらヤバい!と思ってまずはいろんな世界をみようと思って旅に出ました。(もう大人だったけどw)

そしたら予想以上にハマってしまって、今では夫と二人でヒッチハイクで日本一周するまでにー!笑

 

ということで、早速ですが今までの旅歴と、それまでの人生、これからの野望について書いていきますねー!

旅人になった日から今まで…

2016年7〜8月 日本縦断ひとり旅

これがバックパッカーとしてのデビュー戦です。

華々しくスタートをきったんですが2014年のクリスマスに長年付き合っていた腰椎椎間板ヘルニアからDVを受けまして、手術をしたんです。

その後も腰痛とは仲がよくて、バックバックを背負ってどこまでカラダが耐えてくれるのかブルブル怯えていました。

 

この旅は地元北海道を出発し、ローカル線やバスを使って1ヶ月ほどで23県まわりました。

静岡ではももクロのライブに友達と合流して参加。

旅をしてても積極的なヲタ活も忘れない有安杏果推しとしてパワーアップした。

(いちばん左が私。ツイッターから拾った写真だけどこの頃はまだ顔出ししてませんでした)

 

沖縄に行ってからはロングの髪をばっさりカット。

なぜか「北海道人だけど沖縄で髪を切ってみたい」という目標を達成した。

個人でやってる美容室に行ったら、美容師さんのお母さん登場。

チャーハン、サーターアンダギー、アイスもろもろご馳走になった。

髪切られているあいだずっとモグモグしていた。

 

沖縄からサクッと四国をまわって、東京へ。

そしてそのまま東京からヨーロッパへ。

このヨーロッパに行く2日前に現夫のカサイミロク氏@mirokurocloverZ と交際スタート。

まさかのタイミング!笑

 

 

2016年8月〜9月 ヨーロッパ4ヵ国ひとり旅

日本縦断旅からそのままヨーロッパへ向かうカサイチカ。

前日の夜はこわすぎて一睡もできないというチキンっぷりを発揮しました。

 

フランス バリ

スペイン バロセルナ

ドイツ ベルリン

ベルギー ブリュッセル

 

じつは一人海外はこれが初めて。

怖すぎてとりあえずの写真撮影がトイレ。アホか!

 

まず予約していたパリの日本人宿に行ってみたら、わ〜お☆

オーナーがヤク中でアル中だったよ☆☆

その前も後も、いろんなバッパーやゲストハウスを利用してきたけどココを超えるドロドロに汚れた宿泊施設はなかったね。

 

死ななくてよかった(ニッコリ)

 

でもパリで見た凱旋門からの景色は一生忘れないと断言できるくらい感動した。

ここで旅人として目覚めたと言ってもいい。

 

 

スペイン行きの飛行機は、見事乗り遅れて大声で泣いたけど、憧れのサグラダファミリアを見れて鳥肌たったし、治安良さげだから一人でお酒飲みに行ってみた。

 

ドイツではずっと追っかけていた日本人アイスホッケー選手の試合を見てきた。

海外まで追っかける熱狂的ファンぶりを炸裂。

ちなみに北海道苫小牧にある王子イーグルスというチームの21番です。

応援よろしく。

 

ブリュセルは治安いいと聞いていたけど、めちゃくちゃこわかった。

この旅の2〜3ヶ月後に起きたパリのテロ事件の主犯格がブリュッセルに潜んでいたらしく、命拾いをした強運ぶりを発揮。

 

2016年 9月〜2016年3月 ワーキングホリデーinニュージーランド

ヨーロッパから日本に帰り、2日後にはニュージーランドに行くという計画性のなさ。

ヨーロッパ旅が必死すぎてニュージーランドのことを全く調べてなかったことが痛かったね。本当に何も知らなかった。無謀すぎた。笑

だけど憧れのワーホリ。

勢いだけで英語も話せないのに車を買って、仕事を求めて移動。

 

この時期の行動力には驚きを隠せない。

むしろ、この時の過去の自分を思い出すと『負けてられない』と思って、今もなお行動できていると思う。

 

2mの脚立からジャッキーチェンなみに落下しちゃったり、ぎっくり腰になって2週間動けなかったりトラブル続きではあったけど、ここで出来た友達は一生の付き合いをしたいと思える人たちになった。

 

そして一度帰国し準備してからミロクさんと一緒にオーストラリアにワーホリに行くことなる。

2016年 2月末〜2016年11月 一時帰国 彼氏の家に転がり込む

ちなみに2月末に帰国したのはももクロのドームライブアイスホッケーのオリンピック予選があったからです。

ヲタ活とファン活は抜かりなく!!!!!!!

 

この期間はバイトしたりでお金を貯めました。

 

2016年11月〜2017年1月 再出発。語学留学inフィリピン

準備を整えて、ふたりで一緒に海外へ出発。

このとき、夫は初海外でした。旅慣れしている女と初めての海外に行く男が一緒にいると…どうなるかわかりますかね?笑

 

まあ、そのことは置いといて、二人とも全然英語が話せないからまずはフィリピンの英語学校に2ヶ月の語学留学に行ったよ。

クリスマスにはジンベイザメと一緒に泳げる海へ遊びに行ったり、勉強しつつも楽しみました。

そしてそのクリスマスでミロク先生はう◯こを漏らして大変でしたwww

 

 

2017年 1月  ワーキングホリデーinオーストラリア スタート

フィリピンから直接オーストラリアへ。

 

来たばかりの時はお金もなくて、仕事も大変で彼氏(当時)のミロクさんは10kgも痩せてげっそり…。

 

一方わたし…

 

-500g

 

F**K!!!!

 

 

だいぶ生活にも慣れて落ち着いてきたころ一緒に働いてた人からこんな情報が…

「オーストラリアでも結婚できるんだよ。しないの?」

へ?まじスカ。

ということで、その話を聞いた10日後には

入籍〜〜〜〜〜☆☆

 


両家の親には前日の夜に電話で

「ねぇ、明日結婚してい?」

と報告。

 

結婚に勢いって大事ですねっ!

両家の顔合わせする前にサクッと結婚しました。

 

もちろんヲタ活はオーストラリアに来てからも継続。

ふたりの好きな有安杏果さんのソロコンサートツアーのためだけに1週間帰国したり、

衝撃の有安杏果さん卒業発表を受け、一週間後の卒業コンサートに向けて当時住んでいたタスマニアから36時間かけて帰国。日本滞在は2泊。

往復だけで7本も飛行機に乗るという乗り継ぎパラダイス。

好きなアイドルのためにオーストラリアで稼いだお金を使ってしまうというオチ。

 

その間に私はウエディングフォトを撮るためにドレスを作ったり、今後の計画を立てました。

私がブログを本格的に再開したのもこの時期です。

結構大事なところな気がするけどサクっと終わらせますね

 

 

2018年  4月〜7月  夫婦で行く日本一周ヒッチハイクの旅

3ヶ月かけて二人で旅をしました。


野宿やヒッチハイクは今までしたことがなかったから本当にメンタルが鍛えられた。

1回本気でイヤになって旅をやめたいと大ゲンカしたこともあった。

 

でもどうにかどうにか終わらせることが出来て、ふたりですごく成長出来たと思う。

185台の車に乗せてもらい、感謝しきれないほどたくさんの出会いがあった。

 

まだまだ進んでやろう、そう思えた旅でした。

 

 

2018年8月 オーストラリアへ!

タスマニアに置いてあった自分たちの車を取りに行き、まずはサクッと。

 

メルボルンからパースまで3,400kmのロードトリップ!

 

 

無地に到着。

そして、また農業のバイトをしております!

まずは生活費を稼いで、これからの計画を具体的に練っていく予定です。

 

生まれてから30歳までの人生

生まれる

平成最初のバレンタインデーに末っ子力バツグンな私が第2子として爆誕。

優しい兄とワガママな自分、両親の4人家族で北海道の田舎でスクスク育ちました。

生まれたとき股関節が脱臼した状態で、立ち上がりや歩くまでは大変だったそう。

 

小学生時代

女の子よりも男の子の友達が多くて、いつも外でサッカーをしてました。

これといって、面白い出来事はありません。

 

中学生時代

いじめという程ではないけど、思春期ですからね。

友達とうまくいかないことが多かった時代です。

イヤな思い出ばかりなので中学時代の記憶は消去しました。

なので私の人生に中学はなかったことになってます。笑

 

中学2年生で股関節の大きな手術をしたことがきっかけで看護師の道に進むことを決意。

決意というか勝手に自分が看護師として働くというインスピレーションを受けたからなんだけどね。

 

手術の内容は、生まれつき悪かったものを治す手術だったけど「身体障害者手帳」をもらえるレベルの大きなものだった。

手術のあとは歩き方がヘンになってしまって、腰痛も出るようになる、いま考えれば不必要な手術だったと思うな〜。

 

高校生時代

正看護師になるコースのある高校に受験、見事合格し入学しました。

稚内という最北端の小さな町の高校だったけど、地元帯広からは車で7〜8時間のところだったので両親の反対っぷりはすごかった。

家族戦争が毎日起きていたけど、ゴリ押しで単身稚内へ。

 

入学すぐ看護科の勉強がスタート。

普通教科5割、看護教科5割だったので一般教養がドン引きするほど出来ませんw

5年間の高校生活を半分ゾンビになりながら修了。

無事に20歳で正看護師、准看護師の免許を獲得したのであった!

 

看護師時代

臓器のなかで心臓が一番すきだった私は「循環器で働くのは大変」なんてこともつゆ知らず、迷うことなく循環器の専門病院に就職。

 

そこがめちゃくちゃ大変だった…!

忙しさのレベルが、わりとハイ。

ハイレベルの忙しさ。

新人のころは仕事に行くのが辛すぎて、いつ道路に飛び出そうか悩みながら通勤してました。

 

最年少で入った私は「平成生まれの世間知らず」だったので何かとみんなに注目(ある意味)されながら、必死に必死に、それはもう必死に働きました。

 

どうにか一人前になりたい。

そう思って働き続けてたら、同期は全員辞めていて「平成生まれの世間知らず」だった私だけが残っていた。

いろんなことを任されるまでに成長させてもらえて、先輩に恵まれて、休みが合えば合コンに明け暮れる日々でした←

 

その頃から自分の周りには医療職の知り合いしかいなくて、自分の過ごしている世界が狭いと感じるようになってきた24歳。

クリスマスに腰椎ヘルニアが最後の力を振り絞って大暴走☆

そして手術。

 

職場復帰は難しかったので、地元の小さな町へ戻りました。

それが初めての転職。

そして見事に大失敗

術後の私を受け入れてくれる病院が見つからなくて、唯一受け入れてくれた病院に就職したら、田舎と札幌の医療レベルの差に愕然…泣

40代50代でもバリバリに夜勤をしている環境で、意味のわからないことばっかりでした。

何か意見すれば、叩かれて「自分の看護観」は全て崩壊。

考えることを辞めて、自分の身体を守って、1年間はたらいた。

こうやって人間の可能性は潰されていくんだな…って超実感した。

 

もともと旅に出るために1年しか働くつもりなかったから、そのまま退職して逃げ切りました。

 

そして、旅に出る…という感じです。

これからの野望

看護師もQOLの高い生活ができるように情報を発信していきたい!

身体や健康の知識はあるのに、自分のことよりも仕事に追われる看護師を支えたい。

仕事をしてて精神的に崩れてしまう人に、あなたの適材適所は別にあるはずだよと伝えたい。

看護師は辞めてもまた再就職できる強みがあることを、わたしの人生をモデルケースにして伝えたい!

 

 

やりたいこと

・日本中で撮影したウエディングフォトをたくさん飾った写真展+結婚式

・こどもが欲しい

・親を旅行に連れて行きたい

・ちいさいアパートでもいいから夫と暮らす家が欲しい

・日本一周2回目をやる

・夫をヨーロッパに連れて行きたい

・いつか看護師にもどりたい

 

という感じで本格的にブログを始めた激動の2018年でしたが、2019年ではしっっかり結果をだして行きたいと思います!

SNSのフォローもよろしければぜひ〜

 

ということでカサイチカ@chi___zでしたー!